信じることを選んだとき
ペテロは舟の縁に立っていました。
風が吹き、波が舟の側面を打ちつけています。
遠くを見ると、
イエスが水の上に立っておられました。
「来なさい。」
たった一言でした。
ペテロは足元の舟を見つめ、
そして、彼を呼んでいる方を見上げました。
これから何が起こるのか、
水が本当に自分の体を支えてくれるのか、
彼には分かりませんでした。
それでも、
彼は一歩、踏み出しました。
その一歩は、
すべてを理解していたからではありません。
ただ――
信じることを選んだからです。
人生の本当の変化は、
すべてを理解してから始まるのではないのかもしれません。
むしろ、
分からなくても、
一歩を踏み出すこと。
それが、人生を変え始めるのかもしれません。
イエスに従うということは、
一生懸命「良い人」になることではありません。
神に喜んでもらうために、
たくさんのことをして、
何かを差し出すことでもありません。
困ったときだけ神を利用することでもありません。
それは、人生の一つ一つの瞬間に、
信じることを選ぶことです。
恐れが「後ろに下がれ」と叫ぶとき、
私は一歩、前へ進む。
失望が「もうあきらめなさい」と言うとき、
私は、もう一歩進む。
人の声が、
「あなたは十分ではない」と言うとき、
私は、
「あなたは愛されている」と語る声を信じる。
一つの選択が、
次の行動に火をつけます。
一つの行動が、
また次の選択へとつながっていきます。
暗い部屋の中で、
一つの灯りがともり、
そして二つ目、
三つ目の灯りがともっていくように……
今まで見えなかった道が、
少しずつ姿を現してきます。
終着点がどこなのか、
まだ分からなくても、
次の一歩が見えてきます。
そして私は、
走り始めます。
祈りという翼を広げ、
ただ自分の問題を見つめるのではなく、
顔を上げ、
空に向かって飛んでいきます。
もう、
「自分には愛される価値がある」と
必死に証明しなくてもいい。
誰かに認めてもらうために、
疲れ果てるまで
「もっと頑張らなければ」と
自分を追い立てなくてもいい。
なぜなら私は、
自分の努力で勝ち取ったものではない
一つの贈り物を受け取ったからです。
恵みです。
私は自由に生きることができます。
神の声に応えることもできる。
そして、
恐れや恥、絶望へと私を連れていく声を、
聞かないこともできます。
遠くから聞こえてくる
懐かしい呼び声を聞いて、
一羽の鳥が翼を広げ、
風を切りながら、
その声の主へ向かって飛んでいくように。
飛ばされているのではありません。
飛ぶことを強制されているのでもありません。
ただ、
その声を知っているからです。
これが自由です。
今日、脳科学は私たちに教えてくれています。
人間の脳は、
変わることができる。
新しい方向を何度も選び、
何度も練習していくと、
脳の神経回路も少しずつ変化していきます。
それは、
誰も歩いたことのない草原に
新しい道をつくるようなものです。
最初に歩いたときは、
草が少し倒れるだけ。
もう一度歩くと、
草が少しずつ左右に分かれていきます。
そして何度も歩き続けると、
そこに道が現れます。
最初は何もなかった場所に、
本当に一本の道ができるのです。
私は、
このような人間の仕組みを造られた神に驚嘆します。
どれほど長い間、
間違った道を歩いてきたとしても、
人はもう一度、始めることができる。
昨日の自分が、
なりたい自分ではなかったとしても、
今日、新しい選択をすることができる。
私は変わることができる。
けれども――
もし人間の意志が本当に脳を変えることができるなら、
もし思考が行動を変えることができるなら、
もし一つ一つの選択が人生を変えることができるなら、
では、
私たちの人生の奥深くで起こる、
ある種の変化を、
どう説明すればいいのでしょうか。
なぜ、
私たちが一番暗い場所にいるとき、
誰かが私たちのために祈ってくれると、
私たち自身は何が起こっているのか分からないのに、
心の中に少しずつ光が差し込んでくるのでしょうか。
なぜ、一つの言葉が、
何年もかけて築き上げた心の壁を
突き抜けることがあるのでしょうか。
なぜ、
自分で考え出したのではない力が、
私たちが最も必要としているときに、
そっと私たちを支えてくれるのでしょうか。
もしかすると、
私たちの脳は、
私たちのすべてではないのかもしれません。
私たちは、
考え、計算し、選択する肉体だけの存在ではありません。
一人ひとりの奥深くには、
私たちの目では完全に見ることのできない世界があります。
愛を求め、
人生の意味を探し、
永遠について問い続ける――
魂があります。
だから、
もしあなたがずっと答えを探しているのなら、
今日、すべてを急いで信じなくてもいいのです。
ただ、少し立ち止まって、
耳を澄ましてみてください。
もしかすると、
あなたの人生が最も静かになったとき、
一つの声が聞こえてくるかもしれません。
「来なさい。」
そして、あなたに必要なのは、
もしかすると――
ただ、その一歩を踏み出すことなのかもしれません。
あなたに思考を与え、
意志を与え、
魂を与え、
命を与えてくださった神を信じてみてください。
もしかすると、
あなたは自分が神を探していると思っていたのに、
振り返ってみたら――
ずっとあなたを探しておられたのは、
神のほうだった。
神様は、ただ「良い人」になるために、
一生懸命努力するように、あなたを召しておられるのではありません。
神様は、あなたを御国のために備えておられます。
そして、神様があなたを創造された本当の姿を明らかにし、
その本当の自分を生きるように招いておられます。
神様に導かれながら、一歩一歩歩んでいくとき、
あなたの人生の奥深くにあるものを、
神様ご自身が明らかにしてくださいます。
そして、あなたは気づいていくのです。
「神様のかたちは、
もともと私の中に刻まれていた。
そして、それは私という
かけがえのない人生を通して、
表されていくのだ。」