月發500元「保證收入」計畫受肯定 芝城明年續辦

根據芝加哥大學最近發表的研究顯示,去年在芝加哥首度施行的「保證收入」(guaranteed income)試點計畫期間用於對外宣傳的資金,可以成為該市在其他社會服務項目中如何接觸社區的典範。該市預計在明年推出第二次的每月500元發放計畫。

芝加哥大學的「包容性經濟實驗室」(Inclusive Economy Lab)針對為期一年的「芝加哥復甦社區」(Chicago Resilient Communities)試驗計畫進行了研究,該計畫為5000個芝城市居民提供每月500元補助,為期12個月,不附帶任何條件。這項試點計畫在2023年結束,經費來自聯邦疫情救濟基金。

這項研究探討該試點計畫的管理,包括從申請窗口到最後支票分發給參與者。

芝大「包容性經濟實驗室」財務安全計畫主任史金森奈德(Misuzu Schexnider)表示,雖然這項計畫會跟經營社會服務的機構簽約,但很少有機構明確獲得進行推廣的經費,像是去找尋、招募人們並與他們建立信任關係。

例如報告指出,在開放民眾申請的期間,有些人希望接觸到負責人員,以確定這計畫不是詐騙,特別是那些不善於用虛擬或數位形式溝通的人們。

根據報告,YWCA Metropolitan Chicago是該試點計畫的主要承包商。在申請開放期間,總共舉辦了700多場親自參加的活動,吸引多達17萬6000人申請5000個名額。根據報告,參加者是透過抽籤系統選出最終補助名單。

報告指出,由於這項計畫推出的時間很短,大約只有三周,因此與市政府簽約的機構,因無法迅速增聘員工,導致面臨意料之外的超時工作。

城市研究所的首席研究助理包葛(Mary Bogle)表示,芝加哥的試點計畫也可能是第一個獲得社會安全局對社會保障補助收入和社會保障殘障保險豁免的計畫,這意味著領取社會安全補助者也有可能參與試點計畫。

她說,但是全美其他類似的試點項目,並不鼓勵已經領取社安福利的人去申請「保證收入」試點計畫,因為這會對他們的長期福利造成風險。

根據市政府的預算提案,第二個城市試點計畫將重新命名為「芝加哥自強基金」(Chicago Empowerment Fund),預計在2025年的某個時候啟動。屆時將再次選出5000名「低收入家庭和回歸芝加哥的居民」,並提供每月500美元,為期12個月,但關於資格的更多細節尚未公布。

Thought about knife

When I cut the boiled eggs with plastic knife,

A thought comes to me.

I used to be soft like eggs,

Being cut easily by the harsh words like knife,

As I grow stronger in Jesus Christ,

My temperament becomes like an apple,

Not that easily hurt any more,

When sensing the oppression coming,

I pause and cry out to Him for help.

As I grow stronger again,

My spirit and mind become tougher like pumpkin,

This time I make the coming sword of lies,

Like the rock breaks the plastic knife,

I know God has prepared me to win,

Over the fragile foes.

It’s my practice

A thought comes to me,

Which is a joyful thing,

No need to prove myself to the world,

Just know my thought inspired by the Creator is present,

Which has proved His life in me.

I still have dreams,

Of writing touching stories and cheerful notes,

For bringing people to Jesus in their life journey.

God is preparing me,

Giving me opportunities.

So I will continue to be me,

Imaging freely and sharing that vision in passion,

That’s the divine path He charts for me.

生活中體會寫作題材,

藉寫作咀嚼生活。

五時通信給我這個觸發的媒介,我衷心感謝神,

要我slow down,冷靜

享受祂給我的生命與生活

不是工廠生產線地忙碌製造,

也不是長繭無感、憤世疾俗放棄人生。

紀錄心中的點滴,

在乎主耶穌怎麼想怎麼做,

這是成熟的聖徒奔跑的joyful highway.

Spin with divine threads

I spin with His provided thread,

I plod under His moving shuttle,

With various colors of His grace,

Even in dark moment of black,

He sometimes intertwines with hope of golden thread.

I may not see His whole design now,

But I know He has rescued me from,

The wicked by His truth of sword,

Cut off any tangles of sins and evil.

May I spin His divine blessings,

Cheerfully, carefully, prayerfully

And store up wealth for my kids and many in heavenly dem

Until I wake up from sleep 

I will be satisfied with seeing His face of glory.

(Psalm 17: 13-15)

His key in me

The note I keep searching

The key God is playing,

I couldn’t hear clearly 

In the noisy worldly being.

But when I confess what He says:

“I am keeping you as the apple of my eyes,

I am hiding you in the shadow of my wings.”

The right key resonates in my heart,

As He sings that beautiful tune to my ears,

I know I hear the melody He plays in me.

(Psalm 17:8, 9)

自分の時間

午後5時は、いつも私が家族の夕食を準備する時間だ。

今夜は、夫はバイブルスタディ・フェローシップへ、息子はメンターシップのために教会へ、娘はクリスマスクッキーを焼くために友人宅へ行った。

私は自分のための静かな時間を楽しんだ。

何でも食べられるので、準備にあまり時間をかけずに、私の夕食は、朝から洗って外に出しておいたレタスと、昼から炒めてストーブの上に置いておいた豆腐、それに店の袋にあったライ麦パンを加えたものだ。

何時間も部屋に置いておくと、食材が腐ってしまうのでしょうか?

なぜなら、私の家の温度は摂氏15度で、外は華氏15度、つまり、氷点下9度である。 

冬の高い暖房費を節約するため、室温は低めにしている。

 

冷たい夕食を食べた後、熱いチャイラテを飲むと手と胃が温まりました。

そこで、シナモン、ジンジャー、レモンピール、ナツメグ、クローブ、カルダモンが入ったパンプキンスパイスを加え、豆乳でホットチャイラテを作った。

なぜパンプキン・スパイスと呼ばれるのか?パンプキン・スパイスは感謝祭のパンプキン・パイによく使われる。アメリカの冬のクリスマスの味だ。

 

夕食は退屈に聞こえますか?そんなことはない。私は心から満足し、寒さをしのげる家、食べるもの、帰宅を期待できる家族を与えてくれた神に感謝する。

以前は自分に欠けているものによく文句を言っていた。でも今は、自分が持っているものに集中することを学び、その結果、神に感謝する価値のあるものをより多く見つけることができ、私の心は人生をより楽しむことができるようになった。

パウロがイエスを信じたために牢獄に入れられたとき、聖書の中でこう言ったように、

「無一文の時にも、何でもそろっている時にも、どのように生活すべきか知っています。満腹の時にも空腹の時にも、豊かな時にも貧しい時にも、どんな境遇でも満足する秘訣を身につけました。」(ピリピ人の手紙4:12)

 

もっと、私は南国の島、台湾で育った。当初はミネソタの寒い冬を恐れていました。しかし、イエスへの信仰が強くなるにつれ、私の心は恐怖に打ち勝つ強くなりました。私の人生は、聖書に書かれていることが真実であることを証明している。

「力を与え、強めてくださる方によって、私は、神に求められるどんなことでもできるからです。」

(ピリピ人の手紙 4:13)

分享生命故事 傳承家族記憶

「採訪肖像畫」活動,讓大家藉由繪圖說自己的生命故事。(作者陳曼玲提供)
「採訪肖像畫」活動,讓大家藉由繪圖說自己的生命故事。

你知道自己的父母喜歡什麼?有什麼夢想?我成為人母之後,才明白自己父母的辛苦,想要更瞭解他們時卻相隔遙遠。

我將採訪母親的元素畫成一個一個的圖像,再用電腦編輯在一起。(作者陳曼玲提供)
我將採訪母親的元素畫成一個一個的圖像,再用電腦編輯在一起。(作者陳曼玲提供)

日前我與明州台灣線上圖書館舉辦「採訪肖像畫」活動,參加者學習訪談家人或社區耆老,用繪圖來說故事,分享那些淡忘或瞬間湧上心頭的回憶。

看到母親以外角色

我的媽媽生肖屬牛,印象中她一直像牛一樣勤勞堅強,料理家事照顧家人管理家計。但是直到我訪問她,才開始看到她還有除了母親以外的角色。

母親得意的說她在小學三年級時,帶著妹妹上街賣冰棒,這個經驗似乎預言了媽媽的生意頭腦。尤其她的數字感很好,初中畢業時就有算盤二級的功力。因此以第一名的成績考進大同公司做財務,負責發放員工薪水。媽媽的記性也好,公司裡上百個員工的名字和電話號碼都能清楚印在腦子中。

她覺得自己做過最勇敢的事是跟著課長到董事長家裡,拿著簽好名的支票,到土地銀行去領幾千萬台幣現鈔回去公司發薪水。她還記得自己恭敬地站在董事長林挺生家門口等候,因為當時她只是個十七、八歲的女孩子,正在半工半讀夜間部高中。

婚後懷孕被迫離職

媽媽小時候就被祖母帶回家同住,因此沒有與父母、兩個妹妹和一個弟弟一起成長。直到高一時,因為被未結婚的姑婆責備一件小事而趕出家門,哭哭啼啼地回到父母身邊,開始與家人擠在松山狹小的房子裡。她還記得兩個妹妹睡上下舖,弟弟則睡在天花板下的夾層,自己想著還是盡早離開家騰出空間給弟妹,因此21歲時就經人介紹,認識來自祖母口中的「下港」來的父親並結婚。婚後懷了第一個小孩,就是我,然後按公司規定懷孕後就必須離開大同公司的工作。

媽媽數鈔票時會把一大疊的紙鈔像扇子一樣展開,以比數鈔機還快的速度數點一張張的鈔票,是我小時候親眼見識過的技巧。以媽媽的能力,在公司可以有很好的發揮,但是婚後她把這項天分用在家庭財務的管理,使一家人雖只靠父親一份薪水卻仍衣食無缺,之後為夫妻兩人存好退休金,並栽培每個孩子讀書,上帝使用她成為家人的祝福。

媽媽記得在小學時跟著母親坐小船,裡頭有個撐起竹竿的擺渡人,帶他們從松山饒河街渡過基隆河岸探望在內湖的外婆,是她的媽媽的養母。

媽媽50多歲時受洗成為基督徒。(作者陳曼玲提供)
媽媽50多歲時受洗成為基督徒。(作者陳曼玲提供)

今年媽媽和我在百貨公司地下街吃蛋包飯時,她第一次告訴我,她上高中夜校約10時半回家時,她的祖母會叫附近的松山花園庄旅館的廚師給她做個蛋包飯,裡面包著番茄醬炒飯,是媽媽對祖母美好的印象。50多歲的媽媽在祖母年終躺在養老院的床上眼盲、不能言語時,回去向祖母傳信主耶穌得永生的福音,使祖母在病床上有了死後的盼望,算是媽媽感念的報恩。

兒時回憶歷歷在目

媽媽的勇敢肌肉想必是常年累月的訓練而來。有次在高雄五甲遭逢「賽洛瑪」颱風,父親剛出門去上班,母親帶著我和妹妹在家,看著窗外的屋瓦有如被龍捲風吹過翻飛。因為租房沒有裝設窗簾,她徒手壓住床頭上正在崩裂的窗戶玻璃,就在她要跳下床時,彈出的玻璃碎片刺入她的大腿。

還記得小學一年級時,我因為跌倒還是打架受傷需要去醫院縫合,媽媽背著我在晚上敲醫生家的門,我看著醫生手拿釣魚線幫我縫合,現在膝蓋上的疤仍叫我想起媽媽背著我急切的腳步。媽媽總是在家人危難時,沉著應對,像是個看過大風大浪的老水手。

媽媽煮得一手好菜,切工仔細有美觀,蝦子的腳、豆芽菜的鬚都要剪除才好吃。台北出生的她,搬到高雄之後,媽媽的好學與創意讓她融合南北口味,上菜市場時購買沒吃過的食材,詢問小販如何烹煮,進而豐富她廚房菜色的花樣。

作家米果的「一個人的粗茶淡飯」書上寫到的兒時美食,我邊讀邊想起我的媽媽也做過書中的每道菜,使我重回有媽媽在身邊照顧家人的時光。

媽媽在教會松年大學唸完學士學位。(作者陳曼玲提供)
媽媽在教會松年大學唸完學士學位。(作者陳曼玲提供)

隱藏才華晚年重現

媽媽50多歲時信上帝了,從此不是屬牛,而是屬主,就是屬於主耶穌的女兒,她返老還童地開始到教會松年大學繼續讀大學、碩士,漸漸地眉頭少了憂愁的皺紋,嘴角開始有了笑容。媽媽年輕時寫過「月光曲」一文投稿報社獲得刊登,是個文青,退休後練毛筆字,這些都是她隱藏的才華,直到晚年又重新挖掘。

我由衷地想繼續採訪家族親人、身邊的社區耆老,以及將我自己的故事,傳承給在美國長大的下一代,使他們知道自己的根,拉近彼此的距離。

另一個參加活動的台灣同鄉Wendy和David夫妻帶著三個小孩來,他們說全家一起做了有溫度的勞作,感觸良多。

***

Wendy一家最近才從台灣回來,小孩們一方面適應美國上學的生活,每天生活忙碌,在台灣所發生的一切似乎是許久以前的事。但其實孩子們對於台灣的生活點滴,仍有深刻的回憶。透過這次活動,大家回想起在台灣發生過的事情,以及與外公外婆的互動,不僅加深孩子們對長輩的印象,也讓她明白了回台探親對下一代的意義與影響。

Wendy和David帶著三個孩子來參加「採訪肖像畫」活動,覺得全家做了一個溫暖...
Wendy和David帶著三個孩子來參加「採訪肖像畫」活動,覺得全家做了一個溫暖的勞作。(作者陳曼玲提供)

透過圖畫看見親情

台灣來的David和Wendy認識30多年了,Wendy也與他的家庭有密切的聯絡,但是,當先生說到與他外公的互動時,Wendy第一次透過David的圖畫,具體地看到那份感情的重量。Wendy覺得先生回憶起那段童年的羈絆,也讓她感受到先生不為她所知的那一面。

Wendy在台灣的爸爸最近健康狀況不好,已經送了好幾次急診,失智的問題從一開始幾乎沒有人可以察覺到,到現在只要是稍微聊天,就可以感覺得到他的記憶逐漸逝去。對於爸爸的病因,家人都毫無頭緒,只能乾著急。

在美國時時掛念著台灣家人,Wendy一邊畫畫,一邊重新思考父親喜愛的事情時,她想到了自己的母親常會抱怨父親都沒有自己的喜好,像是機器人一樣無聊。但是Wendy看到其實不是這樣,她知道父親身上有的興趣,有些因為身體老化而沒辦法持續;有一些則是礙於科技進步而跟不上;還有一些是父親仍然喜歡,卻逐漸失去能力去做的事。

在畫畫的過程中,Wendy一一想起這些印象。Wendy的畫中央的父親,正是留存在她心中最鮮明的模樣。她說很感謝能參加這次十分有意義的活動,讓她不只了解藝術創作和人文之間可以有如此緊密的連結,也盼望和她現在的家人們一起建構那些與上一輩之間,因為時間逝去而掩蓋,卻從未消失的美好記憶。

明大中文微電影節 吸引500名學生拍短片

 
英華中學學生演唱中文歌曲為「中文微電影節」開場。(記者陳曼玲/攝影)
英華中學學生演唱中文歌曲為「中文微電影節」開場。(記者陳曼玲/攝影)

日前明尼蘇達大學在校內的考夫曼戲院(Coffman Theater)舉辦第二屆中文微電影節的頒獎典禮,以「我們的社區,我們的故事」為主題,邀請明州學習中文的國、高中與大學生拍攝短片,吸引超過500名學生推出100多部電影作品,學生踴躍分享自己的故事、展現中文能力,並互相觀摩學習。

明大學生以字正腔圓的中文主持,開場時詢問在場的國高中生:「對他們而言,社區是什麼?」學生紛紛發言說社區是支持的家人、朋友,有愛與歸屬感,還有一起承擔學習新語言困難的伙伴等。

明尼蘇達大學的亞洲與中東研究系(Asian & Middle Eastern Studies)的中文領航項目(Chinese Flagship Program)主任張瑜芬、副主任涂遙共同策畫了這項活動,目的是為明州學生建立舞台,增進中文創作能力,並瞭解明大提供的中文學習機會。

主辦單位頒發九類獎項,包括:最佳故事獎、電影獎、編輯獎、創意獎、語言獎、表演獎、舞台藝術、社區影響力獎等。

參賽學校分成三組:沉浸式中文國高中學校、非沉浸式一般學校與大學,每組中選出一或兩個學校得獎。參與的學校共有九所,包括高原高中(Highland Park Senior High School)、森林湖高中(Forest Lake High School)、哈普金斯高中(Hopkins High School)、東景高中(Eastview High School)、苗族大學預備學院(Hmong College Prep Academy)、福得利高中(Fridley High School)、英華中學(Yinghua Academy)、迪拉賽爾高中(DeLaSalle High School)與明大。

張瑜芬說,明大提供CIS(College in the Schools)的課程,開放給高中老師申請接受明大培訓,使用明大提供的中文課程,讓高中生在高中時就可以學習明大的大一中文課程。她表示,中文領航項目努力與參與CIS課程的高中建立合作關係,使這些些高中生上大學後能繼續學習中文,開拓未來使用中文的各種機會。

後悔のとき、どうしますか

あなたには「あのときこうしなければよかった」という後悔はありますか?

最近、NHKが制作したドラマ「3000万」を観ました。このドラマは、人間の心が試されて罪を犯し、罪を隠そうとしてさらに罪を重ね、ひとつの嘘が別の嘘を呼び、滑り台を滑り落ちるように後悔の地獄に陥っていく様子を描いています。

物語は、小学生の息子を車に乗せて帰宅途中の夫婦が、路地から飛び出してきたバイクと衝突してしまうところから始まります。夫婦が車から降りて確認している間に、そのバイクの運転手がこっそりと夫婦の車に乗り込み、車ごと息子を連れ去ってしまいました。焦った夫婦がその車を追いかけると、前方の車がスピードを失い、ガードレールに衝突しました。夫婦は善意で救急車を呼び、そのバイクの運転手を病院に送りました。しかし家に帰ると、息子がその運転手の所持していた多額の現金を盗み出していたことに気付きます。母親は息子を叱り、そのお金を持ち帰らないように説教しますが、息子はそのお金を両親に渡します。
しかし、経済的に困窮していた夫婦は、その予期せぬ大金に心を動かされ、そのまま手元に置くことを正当化してしまいます。そのお金で息子がずっと夢見ていたグランドピアノを購入し、夫婦は息子がピアノを楽しそうに弾く姿を満足げに見つめ、しばし自分たちの罪を忘れてしまいます。

ところが、そのお金は犯罪組織が貯金を自宅に保管していた老人から奪ったものでした。これにより夫婦は罪人に追われることになり、不安と葛藤の日々が始まります。そして、犯罪者が夫婦の家に押しかけ、警察に通報すれば息子を誘拐すると脅します。子どもを愛してやまない妻は、もうお金なんていらない、子どもを失いたくないと思いますが、それでも罪を認めて刑務所に入ることは避けたいと思い、当時夫の言うことを聞いてそのお金を受け入れたことを悔やみます。そして息子が泣きながら「あのときお金なんて取らなければよかったのに」と言うのを聞いて、母親も過去に戻れないことを悔やむのです。

この話を観て、私も自分の後悔について考えました。たとえば、子どもの頃、母に偉そうなことを言って傷つけてしまったこと、上司や先生に対して失礼な態度を取ったことなどです。昨年、二十年以上前に台湾で働いていた会社の友人が連絡をくれました。彼女は台湾の教会から派遣されてロサンゼルスで宣教師として活動しており、彼女が所属するオンライン教会のグループに私を誘ってくれました。友人に会えるのは嬉しいと思いましたが、教会に参加することには少し躊躇がありました。彼女は私のために『神と出会う』祈りをしてくれました。その祈りの中で、なぜ私が教会のリーダーに不信感を持っているのか、その理由を思い出す助けをしてくれました。

封印されていた記憶が、聖霊の導きの中で開かれたようでした。小学生の頃、私はクラスで上位の成績を取る生徒でした。テストで100点を取らなくても90点以上が普通でした。しかし、当時の風潮では、教師が鞭で生徒を指導することが許されていました。教師は私たちを勉強させるため、100点に満たない分だけ鞭打つというルールを設けていました。私はあまり打たれることはありませんでしたが、テストの結果を受け取るために前に出て鞭打たれる前の恐怖、そして鞭打たれた後の手の熱さや痺れをはっきり覚えています。当時は、同じ境遇にある同級生と苦しみを分かち合いながら、薄荷オイルを手のひらに塗って鞭打ちの痛みを軽減するそうだ。しかし実際には、それでもまた熱く痛かったのです。

この出来事を思い出すと、私はそれ以来、権威を持つ人々、さらには政府に対して恐れを抱くようになったことに気付きました

その後、友人が私に尋ねました。「そのとき、主イエスはどこにいましたか?」と。私は「そのとき、主イエスはそこにいなかったと思います。私は当時まだ信仰を持っていなかったからです」と答えました。すると友人は「主イエスをそのときの場面に招き入れることはできますか?」と聞きました。主イエスは神であり、時空を超越している神です。私はその想像を神に委ねました。すると、心の中で主イエスが私の小学校の教室に戻り、私のそばにいて、私を守ってくださっている光景が見えました。主の光が私を怯えさせる場面を追い払い、私は平安を感じました。

この「神と出会う」祈りは、私を自分の後悔の瞬間に立ち戻らせ、どんな過ちを犯したとしても、主イエスに「ごめんなさい。助けてください」と告白すると助けてくれました。そして、主が私を許してくださる愛と平安が私の心に満ち溢れました。

聖書の箴言14章18節にはこうあります。「心に病のある者はその痛みを忍ぶことができるが、心が打ち砕かれた者を誰が支えられるだろうか」。私は心の中の後悔が埋め合わせできない痛みとなることを深く理解しています。何度も積み重なる悲しみは人を押しつぶします。だからこそ、私たちは私たちの弱さを知る天の父なる神のもとに行く必要があります。

「主は恵み深く、憐れみ深く、怒るに遅く、慈しみ豊かである」(詩篇145:8)。私たちが後悔して受けるべき刑罰を、主イエスが十字架の上で代わりに背負ってくださいました。私たちが主を信じるなら、すべての後悔は過ぎ去ります。「誰でもキリストの内にあるなら、その人は新しい創造である。古いものは過ぎ去り、すべてが新しくなった」(コリントの信徒への手紙二 5:17)。

<終>

明州訪談與肖像畫創作 傳承家族記憶

 
台灣高雄女中美術老師劉癸蓉應邀到明州指導台美人傳承家族記憶,圖中桌上展示她從台灣帶來的學生創作作品。(記者陳曼玲/攝影)
台灣高雄女中美術老師劉癸蓉應邀到明州指導台美人傳承家族記憶,圖中桌上展示她從台灣帶來的學生創作作品。(記者陳曼玲/攝影)

明州台灣線上圖書館日前舉辦「訪談與肖像畫創作」活動,邀請劉癸蓉指導民眾訪問親人或社區耆老,與繪製肖像畫來說故事,讓採訪者與受訪者都留下溫暖記憶。

從台灣來的劉癸蓉是高雄女中的美術老師。她從指導雄女學生採訪繪畫家族長輩開始,向外延伸採訪果貿社區耆老、進而記錄鹽埕區老商家等長達十多年。這次應邀到紐約、波士頓、匹茲堡、休士頓與明州雙城五個地點,分享如何以畫作記錄家族歷史。

她在明州舉辦的三場活動,包括「看見一堂美術課的力量」、「愛的繪話」、「您的故事,我們的歷史記憶」。首場她分享在台灣教導各級學校學生與訪談故事。第二場由參加者將記憶先畫出來再分享故事。

第三場邀請到三位耆老,由主訪問者詢問他們喜歡的食物、顏色、童年遊戲與印象深刻的記憶。三位長輩回憶當年在愛河裡抓泥鰍、難忘父親買的熱豆漿等。參與學員邊聽故事邊作筆記,或邊畫下長輩的臉和回憶,繪圖者也把自己的記憶融入畫作。

劉癸蓉出發到美國前,先在網路上訓練各地的種子教師。明州多位台美人也共襄盛舉,各行業的學員雖未經專業美術訓練,但對藝術深感興趣。經其鼓勵與指導,每個人的作品呈現多樣風格,更藉由「看圖說故事」娓娓道來受訪者的生命歷史。

Wendy與David帶著三個孩子參加了「愛的繪話」,Wendy說,這對全家是個非常特別的體驗與回憶。Susan說,聽到每個人獨特的精彩生命,把每幅肖像畫的故事串連起來,彷彿看見台灣歷史進程,更讓她有機會熟悉故鄉。Sam說,透過這次活動體會到以繪畫表達記憶。林寶貴說,這次活動讓對繪畫有興趣的她,實現用畫作記錄家人悲歡離合,感受深刻。

劉癸蓉(後左一)指導參加者,畫下生命中印象深刻記憶的作品。(記者陳曼玲/攝影)
劉癸蓉(後左一)指導參加者,畫下生命中印象深刻記憶的作品。(記者陳曼玲/攝影)